ニューハーフ・オカマは気持ち悪いから絶対ならないと決めていたのに、私はオカマが大好きになった

スザンヌみさきです。ニューハーフです。オカマです。MTFで性同一性障害らしいです。

オカマって気持ち悪いですか?

私はキモいと思って生きていました。

私が小学生〜中学生だった時代。だいたい1990年代はオカマやニューハーフは男好きが高じて自分の身体を女にしてしまった女装趣味が行きすぎた男性としてテレビでは扱われていました。

実際、あきらかに女装してる男性にしか見えない人もいたし、声も男で低くて、そのヴィジュアルに衝撃を受けました。

テレビでもオカマ、ニューハーフは男扱いされていたし、男のくせに女装してる奴って扱いが妥当とされてました。

唯一、見た目の女度が高いニューハーフは扱いがまだマシだった気がします。

男の見た目に苦しんだ学生時代

中学時代

世の中は悲しいかな、見た目で判断される事が多いです。オカマとしてゲテモノ扱いされるか?

キレイな女に見えるニューハーフとして少しはマシに扱われるか?

どんな扱いを受けようとも、私はキレイなニューハーフに憧れを抱いていました。

でも、自分の中の気持ちを封じて、女になりたくない、おかまなんて嫌だ!僕はあんな人種じゃない!変態じゃない!

ヤツらはキモい変人なんだ!僕は普通の人だから奴らとは絶対に違う!

そう思っていたけどやっぱりニューハーフがテレビに登場すると釘付けになりました。

男なのに女。そんな不思議な生き物に惹かれて憧れている自分。

そんな自分を認めるのには数年かかりました。受け入れるまで時間が掛かったけど私はやっぱりニューハーフになりたい。

その中でも女にしか見えないキレイなニューハーフになりたい。

そう決めたのは高校一年生の頃でした。

家族にカミングアウトしたのも高校一年の一学期でした。当時の私は15歳

家族はあまりいい顔をしませんでした。なぜならテレビでの扱いを見ていたからと思います。変態扱い、気持ち悪い生き物

当時のスザンヌみさきは元柔道部だったし、身長も体格も女の子とは大きく違っていたし、声も低くて男にしか聞こえなかったです。

そんな奴が女の見た目になれる訳がない。家族はそう感じたと思います。やはり見た目が重要だからでしょう。

女に見えなきゃキモい変態扱いですから。

辛いけど楽しい女性化

トヨタ自動車で働いていた時期

高校卒業後、スザンヌみさきは就職して働きながら肉体改造を進めました。

と、いっても女性ホルモンと脱毛をやるくらいで、手術はしてなかったんですけどね。

女性ホルモンの影響で少しずつ身体は変化したけど、私は体質なのか胸が大きくなることもなく、体の変化がほとんどありません

一年ホルモンを続けたけどやはり変化ないしお金を稼いで手術するため転職したんです

当時は収入の90%を女性化につぎ込んでいたと思います。食費も削って脱毛したりホルモンしたり美容にお金使ってみたり、ダイエットしたり。

美肌のレーザーや睾丸摘出手術もこの頃やりました。当時21歳です。

21歳当時はなんでもイケイケでした。大手自動車会社に期間従業員として就職し、お金も稼げるようになったので自分の体に注ぎ込めるお金も多く持ってました。

9ヶ月の在籍期間中に、喉の手術、金玉取り手術、豊胸手術などなどやりまくりました。

手術は怖いし面倒だし、ダウンタイムで身動き取れない事もたくさんあったけど楽しかったです。自分の体の嫌な部分がどんどん減っていくのが嬉しかったですね。

女に近づいてる実感が持てて充実感ありました。

お金をそんなにたくさん使うのは不安では?

よく言われるのはお金の心配です。

たしかにお金は大切だし、将来に備えるのも大切です。

しかし、私はお金持ちになる事よりも女として生きる事が幸せな人生を送るために必要だったんです。

借金まみれで日々返済に追われてお金がなくて困ってる・・・

たとえそんな状況でも身体と見た目が女になってて社会的に女で生きることができれば幸せと思います。お金よりも身体が優先でした。お金よりも自分の目標や夢の方が大切でした。

だからお金持ってても男の姿は絶対嫌だった。

そう思って持ってるお金はどんどん注ぎ込みました。

2020年現在でも私は借金に追われててお金に困ってますが、女で生きてるし、性転換もしたし、以前よりも遥かに幸せを感じてます。それくらいお金よりも自分の幸せの方が大切だったんだなと改めて気付きました。

天狗の鼻はへし折られる

21歳当時の私はイケイケでした。お金も持ってるし、体もどんどん女になるし、なんでも出来そうな気がしていました。

その頃、名古屋のニューハーフクラブに転職して夜のお店で働くようになりました。

日常では女性として、お店ではオカマ、ニューハーフとして生きる。そんな生き方をしていました。

私はこの頃生まれて初めてニューハーフやオカマと呼ばれる人たちと直接交流するようになりました。

お店ではテレビのようなオカマ像が、求められますし、それでお客さんが喜ぶのなら喜んでおカマを演じます。

でもプライベートではみんな女性としたら生きていました。男性として生きた経験がある女性として。

普通でした。普通の女性・・・

いや、数多くの経験をしてるので魅力的な人が多かったです。そんな姿を見て私は今までニューハーフやオカマの姿を勘違いしていたと気付かされましたね。

テレビの姿だけを見て本物を知ろうとしなかった。

そして私は大嫌いだったオカマが好きになってしまったんです。自分もそんなステキで美しいニューハーフになりたいなと心から思うようになりました。

むしろ男として生まれたからこそこんなステキな出会いがあったのではと。

でも当時の私はまだ甘かったんです。

仕事や人に対する考えが甘かった。

当時働いてたニューハーフクラブでは売上で給料が決まるシステムでした。

私はお客さんを呼ぶ事が出来ず、売り上げを上げることもできず、接客も満足にする事ができなくて夜の仕事がだんだん嫌いになっていました。

それで友達と2人で自立しようって事で、夜の仕事をやめて自営業の仕事を始めました。

当時は化粧品や健康食品を扱う仕事をしていたんですが、自分の甘さ故にうまくいかず借金だけが残りました

空白の9年間と地獄

自営業を初めてすぐ私は借金まみれになり収入もガクッと下がりました。、それでも稼げない自分を認める事ができず人から学んだり、自分を成長させるために勉強することもせずダラダラと生きていました。

自営業では稼げないのでとりあえずアルバイトしながら生計を立てていました。

その頃はラクして稼ぐ方法ばかり調べていて、ネットでお金稼ぐ方法などに夢中でした。それなりに稼げるようにはなったものの、大きく稼げているわけではなかったので、性転換のお金を用意することができませんでした。

5年ほどでアルバイトしなくても生活はできるようになったので、雇われ仕事はしなくなりました。

もちろんどこかで働きつつ副業で稼いだ方が早く性転換の資金が用意できるのは予想できてました。

でも変なプライドと恐れがあって私は自営業だけを続けました。

それが2019年の4月までです。

今考えるとプライド捨ててありとあらゆる手段を使ってお金を用意すべきだとハッキリ思います。でも私は無駄にプライドだけ高くて行動できなかったんです。ほんとに情けないです。

そんなこんなで気付いたら9年が過ぎていました。

性転換のお金を稼ぐために始めた自営業なのに、いつしか自営業をするために性転換のお金を稼ぐチャンスも捨てていた気がします。後悔の気持ちはたくさんあるし、過ぎた時間は二度と戻りません。私はもう30代になっていました。

15歳の頃掲げていた目標は23歳までに性転換することだったのに、8年も過ぎていたんです。8年も・・・

○○を大切にしたダケで性転換できた

名古屋の先輩

無駄なプライドを捨てきれないと人生はあっという間にゴミクズのように失われていきます。

この9年間が全くムダだったとは思わないけど、人生の目標を後回しにしてしまった結果、後悔ばかりしてしまったのは事実。

私がやりたい事は何だ!?

そう聞いたら0.001秒で即答できる

性転換手術である。

そんな事を分かっていながら9年も手術しなかった事が本当にアホみたい。ていうかアホである

だからこれを読んでるアナタには無駄にして欲しくない。人生を。目標を優先して下さい

そんな私が変わるきっかけになった事はたくさんあります。記憶に残ってることを時系列で書くと・・・

2019年4月。お世話になってる先生に厳しい一言を頂いて仕事のあり方を考え直す。

その翌日に10年ぶりに名古屋の先輩ニューハーフと再会。相変わらず美しくて優しくて、やっぱりお店のナンバーワンだった。

人脈は大事よ〜

その一言で私は心が動かされた。言われた言葉よりも尊敬してる先輩からの言葉だったから心に響いたのかもしれない

那覇市 スイートボックスセイラにて

私はまた夜の世界に戻ることにした。もちろん自営業は続けながら副業としてニューハーフクラブで働くことにしました

23歳の頃は接客もうまくできないし、お客さんも呼べないし、売上も低かった。ハッキリ言ってショボかった。

そんな過去の自分をコンプレックスに感じているのかもしれないですね。名古屋の先輩に会って、那覇のニューハーフクラブでバイトしだした頃からまた夜の世界で生きるような気がしてました。

琵琶湖の妖精るらなさんと出会う

ちょうどその頃、琵琶湖の妖精るらなさん(YouTuber)との出会いがありました。人脈は大事よ〜

名古屋の先輩の言葉がまさにその通りだなと。るらなさんのパワーと人間性もあって、やっぱり私は東京に住もうと決めたのもこの頃です。5月20日には住んでいたアパートの退去願いも出しました。その時の勢いとノリでスパッと退去届け出しました。

そしたら・・・

性転換のお金、貸りたんだ

性転換のお金は借りようと決めてました。沖縄に住んでいた2019年の3〜4月ごろからです

でも100万円までしか借りられなかったり、色々と条件が厳しくて難しいことがたくさんありました。諦めなきゃいけないのかな。挫折しかけてましたけど・・・

私のそんな姿を知った知人がお金を貸してくれることになりました。しかも利子少なめで。

少し前の私ならビビってお断りしてましたが、切羽詰まってたし人脈のパワーを感じ始めていた頃なので私は迷わず即答で借りることにしました。

この頃から私の人生がやっと上向きになり始めます

性転換は痛くてキツいが心はハッピー

借りたお金で性転換できました。感謝感激

手術は痛くないけど、手術後のリハビリとかダイレーションはまぁ大変でした。入院生活も壮絶だったし(笑)

でも私は生きていました。ちんこがなくなった体に幸せを感じて生きています。

YouTubeにも動画上がってるのでぜひ見てみてください(笑)

再生リストぜひ見てね!

性転換してからスザンヌみさきは変わった?

ゴンザレスよしかさんと一緒に撮影した時のやつ

変わるに決まってるじゃないですか。

もちろん見た目に関しては夜の世界に戻ったので、夜の世界に合わせて派手になってます。ただ、そうじゃない心の部分は大きく変わりました。

性転換したから変化したというか・・・2019年4月に10年ぶりに再会した先輩が最初のキッカケだったと思います。

それから少しずつ変化してきて今に至るのではないかなと。

スザンヌみさきの人生はオカマに支えられていた

わたしの人生に大きく影響を与えているのはニューハーフやオカマと呼ばれる人たちが多いんじゃないかなと思います。

名古屋の先輩もそうだけど、那覇のスイートボックスセイラ(ニューハーフクラブ)の皆様にも大きな影響受けてます。特にジュリアさんとせいらママには本当にお世話になりました❤️(って個人的な名前書かれてもわからないと思うので気になったらググってくださいw)

わたしが東京に行く理由になったるらなさんもニューハーフだし、タイでの手術の不安を解消してくれた加地さんも一般的に言えばニューハーフって呼ばれる人です(本人はその呼び方を望まないかもしれませんが)

タイから帰国してから今日まで、わたしは歌舞伎町で働いているわけですが、歌舞伎町でもニューハーフの人たちに支えられています。

勤務先の屋根裏ムッチュはミックスショーバーなので、ニューハーフに限らずゲイやドラァグクイーンの人もいますけどね。ノンケの女性、男性も在籍してるのでお世話になってるのはニューハーフだけじゃないけど

今後のスザンヌみさきはどこに行くのか?

自分の夢や目標って安易に人に伝えたり、公表しちゃいけないって苫米地英人(とまべちひでと)さんが著書で話してたので内緒です(笑)

わたしがこの先どこに行くのか?どんな夢をかなえるために生きていくのか?細かいことは内緒だし、言わない主義なのでずっと隠し通します(笑)

ですが・・・ちょっとだけ話すと

歌舞伎町で働く前は、ニューヨークに行こうと思ってたんです。

なんで?

タレントのベッキーの妹さんがニューヨークでダンスしてて有名ってことで。テレビで取り上げられてたんですよ。

ベッキーの妹 ジェシカさん

その番組見て、単純に「ああ、ニューヨークわたしも行ってみたい」って思って(笑)

もちろんニューヨークの第一線で活躍するダンサーになるとかはその時思ってなかったんだけど、色々と考えてみたらエンタメ系の仕事って昔から興味あったんですよ

小学生の卒業文集には、「将来の夢:芸能人」って書いてたし。ゲイ能には昔から興味あったんだと思います。

でもタレントとか役者とかモデルとかは興味なくて考えてはいないです。エンタメ系が好きなので、そっちの方向のどこかに行くかもしれないってだけです。

詳しいことは墓場に持っていくので内緒ですが、少しずつ夢がハッキリして来たのは事実かなと。

とりあえずスザンヌみさきは歌舞伎町の屋根裏ムッチュで踊ってます。いつまで踊っているんでしょうか。とりあえず自分が満足して納得できるまでは在籍していると思います。

今はわたしのことを応援してくださるお客様も増えてきているので、この勢いで頑張って行こうかなと。もちろんただ頑張るだけではダメなので、予定立てて、スケジュール組んで行動していく必要があるんですけどね

今日はとりあえずここで終わります。最後まで読んでくださってありがとうございました。

最近のスザンヌみさき2020/1/30Ver

歌舞伎町にある屋根裏ムッチュの出勤状況です。とりあえず2月はこれ!

2/7はイレギュラーで金曜日出勤なのでお間違いなく!

JR新宿駅から屋根裏ムッチュへの徒歩ルートはこちら!

アディーバンバンちゃん・・・・!

先日、ゴンザレスよしかさんと一緒に立川で撮影した時の一枚。
可愛い姉さんに囲まれると、自分のレベルも上がりそうです。最高

こちらは屋根裏ムッチュ店内にて。左側の女性は同じくキャスト兼ダンサーの「さをり」さん。名古屋出身なので名古屋に住んでいたわたしとしては親しみがあります。超可愛い子です

右側に写ってるのは世界一のギャルサークルのアイドルグループ「ブラックダイヤモンドFrom2000」に在籍している「ともちん」

わたしよりも若いけど、仕事面でも精神面でもすごく大人でわたしはともちんからいつも学ばされています。仕事で悩んだ時も相談に乗ってもらったりしてプライベートでもかなりお世話になってます。

ともちんの所属してるFrom2000はユーチューブもあるよ

ちょっと前の動画だからともちん写ってないけどw

頂いたよぉぉぉぉ!♪

去年のクリスマスのやつだけど、森月美羽ママには大変お世話になってます。美羽ママはボディラインが超女なのです。わたしもそうなるため頑張ります(涙)

終わり。

あ、

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スザみ
男性に生まれた人でも見た目や身体を女性に変えて生きることは十分可能です。

私がコレまでアドバイスした方々も短期間で見た目を女性に変えて今では女性で生活している人も多いです。

中には性別適合手術をして、心も身体も戸籍も女性になって第二の人生を送られている人もいます。

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そんな方々の感想も含めて、こちらのページに詳しく書いていますよ

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ABOUTこの記事をかいた人

2011年からGID-MTF向けに性別変更情報とサポートをしています。今まで性別変更された方は数十名、手術をした方々は合計120名を越えました。おかげさまで「女性として生活できるようになりました!」との意見もたくさんもらえています。女性で生きるだけではなく、人生を楽しく豊かに生きるための情報も発信中です。ご連絡はお気軽に。スザンヌみさきへの連絡フォーム